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内山 武俊

Author:内山 武俊
シンク長野青木島校代表の内山です。
子供たちが「考える力」を身に着け、自分に正直に優しくたくましく生きていってほしいという想いから「ぶんぶ学院」を「シンク青木島校」へとグレードアップ&リニューアルしました!

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しんきんぐブログ
みんなが笑顔で仲良く自分に正直になれたらいいなっていうブログ
感じるということ
11月も中旬になると、

特に朝夕には冬の足音が聞こえてくるようになりました。

IMG_1658.jpg 

天気の良い日は自転車で通勤している私が、

千曲川の橋の上でゼェゼェ言いながらも

手袋をしてこなかったことを後悔していると

視界に入ってきた北アルプスの雪化粧に

思わず自転車を止めて写真を撮ったのがコレです。

普段あまり写真を撮らない私でも、感じたものには素直に反応します。

私はこういう瞬間に、「生きるとは感じること」という言葉を思い出します。

と同時に、同じ長野市の朝の風景を

同じ道を通勤で行きかうドライバーの人たちは同じように感じているのかな?

と思ったりもします。

朝の忙しい時間帯で目的地だけを目指してスピードを出したり

渋滞でイライラしていたら、

こういう景色は視界にすら入ってこないかも…昔の自分がそうだったように。


もっと昔の高校生だったころ

ある友人から「きれいな物や自然を感じられなくなったら、その人の心は死んだも同然だよ」

と言われたことがあります。

大人になってから、ことあるごとにこの言葉を思い出し、

ある種の原点回帰の、心の指針として

自分の位置修正をしてきました。

そして我が子を含めた子供たちを見ているときにも

私はいつもこの感じるというとを大切にしています。

だって、何かを感じた後に、それについて考えるでしょ?

何かを考えた後に、それに対してもリアクション(行動)をとるでしょ?

何かを行動したことで、自分の望む結果が得られるかもでしょ?

自分の望む結果が得られたら幸せでしょ?

そして何よりも、何かを感じられるから人生が楽しいんでしょ?


どんぐり理論を学んだ大人たちはみんな知っているはずです。

人生において「感じる」ことがまず何よりも尊く、大切であると。

だから子供たちの「心」を潰さないことに最新の注意が必要なんです。

その「感じる心」を潰すものが

たとえ勉強だとしても、それは排除するか

もしくは回避できる別の方法を取らなければいけないのです。

特に「心」を潰すものが善意でなされていたり

普通や常識として行われているものには注意が必要です。

子供がどんなに嫌がっていても、良かれと思って無理やりさせる大人が多いから。

例えば、知育教育

大量パターン学習

スピード学習

お粗末な宿題

主体的に楽しめない無駄な習い事

勝利至上主義で休みがほぼ練習や試合のスポ少など

これら「感じて味わう」余地のないことをやらせている家庭は、

お子さんの表情や言動に注意が必要ですよ。

気が付いたら何も感じられない

何も考えられない

何も自分から動こうとしない

子供が育ってしまうかもしれませんから。




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結果良ければ全てよし?
先日教室を体験に来られた子のお母さんに

現在の小学校での文章問題の取り組み方を説明しました。

例のアレです。

文中の数字に○をして

四則演算を表す言葉に線を引いて

それらを組み合わせて立式して答えを出す

というお粗末なヤツです。

コレね
Microsoft Word - 保護者体験問題 (3) 

そしたらその小2の子のお母さんは

「あ、コレです!まさにコレうちの子が学校でやってます!!」

と叫びました(笑)

あら、やっぱり…(苦笑)


このやり方、一応答えは出ます。

文章の内容が分かっていようがいまいが、

答えも合っていようがいまいが、

表面上は答え出ます。

でもそれだけでなんで、全く意味のない学習になります。

ただ表面上の『できた』を演出しているにすぎません。

こういった学習の本質的な間違に気が付かない親は

子供がやっている宿題を、本気で代わりにやってみた方がいいと思います。

学校教育の危うさに少しは危機感が持てるかもしれませんから。

とは言え、こんな学習をひたすら6年間まじめにやり続けた結果

多くの子が義務教育の簡単な文章問題すら、

ちゃんと読み取れなくなっているわけです。

そして親はその実態など気が付かず、

目の前のテストの点や通知表の結果だけを見て

それを鵜呑みにした結果、

中学生になってからボロボロと転げ落ちていく我が子を見て

焦って無理やり塾に放り込むというお決まりのパターンに嵌められいくわけです。


そしてさらに中学生になっても

同じようなお粗末な学習を、学校では引き続き行われます。

例えば数学の宿題の取り組み方一つでも

学校の先生はワーク(問題集)に答えを直接書き込んで提出するように指導します。

「あれ?そんなことしたら間違えた問題に再チャレンジできないじゃん!

ちゃんとノートに書いて提出すればいいでしょ?」

って、普通は思いませんか?

でも子供たちも、その親たちも、

そこに突っ込む人は誰一人としていないようです。

だって言われた通りにやらないと内申点が…

とビクビクしているようです(実際に気づかない人が多いと思いますが)。

結局先生は「子供たちが宿題にどう取り組んだか」ではなく

「全員確実に提出した!」という事実だけが欲しいのだと思います。

だから子供たちが書き込みやすく(ただ解答を見て書き込んでいる子も多い)

かつ先生も確認しやすくするためにワークに直接書かせているのでしょう。

まあ今の小中学校の実態はこんな感じで

上記のようなことは氷山の一角にすぎません。

おかしなことが連日当たり前のように行われています。

大事なことは、子供の周りで起きていることを

親ができるだけ直接見て確認して

「これはおかしいぞ!?」と感じ取れるかどうかです。

そうしないと義務教育9年間の異常な環境で

子供たちは、修復困難なおかしな人間に育てられてしまいますよ。

大げさでも、脅しでも、狂言でもなく、本当に…

だから「できた」という結果だけを見てはいけないんです。

特に小学生の間は。



主体的に楽しめること
「あぁ楽しかった!」

うちの次女が外遊びで満足した後に

笑顔でこの言葉をよく言います。

先日もコスモスが咲き乱れる高原で

トンボを追いかけまわすこと1時間。

すっかりトンボ採り名人になった次女は

車に戻ってきたときに元気にこの言葉を言い切りました(笑)

この言葉、小学生のうちに笑顔でどれだけ言ったかが

私の子育ての基準です。


話変わって、先日次女の小学校で運動会がありました。

雨が多かった9月でしたが、運動会の練習はかなりやりこんでいたようです。

学校からのお便りでも、かなりの力の入れようだなというのが伝わってきました。

そして運動会が終わって、次女に聞いてみました。

「どう、楽しかった?」

『う~ん…楽しかったかとか言われると、そうじゃないんだよね~」

とちょっと歯切れの悪い答えでした。

運動会当日の様子も含めて、内情に詳しい奥さんに聞いてみると、

「やっぱりアレは子供の為じゃなく、親の為の運動会だよ」

だそうです。

毎度のことですが「運動会」や「音楽会」は子供の為の

体を動かすことや歌うことを楽しむためのイベントではないようで

本当に残念です。

ともすると学校では、こういった特殊なイベントに限らず

日々の学習でも、主体性があまりなく

「やらされている感」の強いものが多くあります。

人間のベースを作らなければならない大事な時期に

こんなことばかりやり続けては、この先成長してから

自分から考えて行動できるようになれるとは到底思えません。

また子供たちは一つ一つをじっくり楽しむことをさせてもらえず、

指示・命令・怒声を受け続ければ、当然ストレスが溜ります。

学校でそんな状態なのに

家では宿題をやらされ

休日には習い事をやらされ続けたら

いつ子供はストレスのない、好きなことややりたいことを

自ら自由に考えて、行動でき、楽しめるのでしょうか。

そして「あぁ楽しかった!」の一言が自然に言えることはあるのでしょうか。

子供たちが

子供時代にやらなければいけないこと

子供時代に感じなければならないこと

子供時代に主体的に発してほしい言動

これらを子供たちができているかどうかを

周りの大人たちは何よりも気にかけてあげる必要があるんじゃないですかね。

主体的に楽しめる力があると、人生はぐっと楽しくなりますよ♪











子供の忍耐力と創意工夫する力
我が子の将来を考えて、良かれと思って様々なことを子供にさせている親は多いと思いますが、

中にはマイナスの結果を招いてしまっている家庭をたまに見ます。

ちなみに私から見たマイナスとは

子供の健全で自然な成長を阻害すること

子供の心を育てずに潰してしまうこと

子供を独自の人生を持った一人の人間として見れず、親の価値観を押し付けること

でしょうか…

特にこれは日本人特有のものかもしれませんが

一つの価値観として、忍耐=我慢=美徳とする考えが強く

我が子に忍耐力を付けたいという大義名分のもと

嫌がることを無理に継続させている親を時々見ますが

…本当に危険です。

また子供が嫌々ストレスを感じながらすることは

家庭内だけではないかもしれません。

むしろ学校の方がその強制力の意味でも危険で

注意が必要かもしれません。


確かに生きていれば生活のためにやりたくないことも

していかなければならないこともあるでしょう。

しかし子供時代にそういった忍耐をつける目的で

嫌々させていることが、最初は抵抗していた心に防御壁を作らせ心を閉ざし

感情をオフにして笑顔を消し去ってしまいます。

また幼少時にストレスを与え続けた脳の偏桃体は肥大し、


親や先生が良かれと思ってさせてきたことで、大人が望む逆の結果を招き

社会に対応できずに、引きこもる大人を増やし

最悪、自分や他者を傷つけてしまうことも起こり得ます。

つまりは子供に忍耐力を付けさせようなんて思わない方がいいわけです。

それよりも健全にストレスなく

賢い子・創意工夫ができる子になるように育てれば

将来的にどんな問題でも、嫌な事でも

自力で(または他者の助言を得て)考え、工夫し、

場合によっては楽しみながら乗り越えていけるようになるはずです。

この創意工夫する力こそが、本物の忍耐力ではないでしょうか。


いずれにしても子供の表情や言動を注意深く見ることです。

不要なストレスを抱え込んでいないか

よく観察することから健全な子育ては始まります。

そしてリラックスさせ、情緒が安定してから

優しくゆっくり丁寧に話しかけます。

ただ怒鳴り喚き散らして親の要求を伝えても

ストレスを抱えた子供には何も伝わりません。


子供が嫌々通う学校や

嫌々やらされている宿題や

嫌々やらされている習い事を

最終的にどうにかできるのは親しかいません。

子供の心と頭と体が健全に成長し

日々笑顔が絶えずに、様々なことを楽しみながら経験し

将来自分自身の人生を自分の価値観で生きれるような人間になることが

できるかどうかも、最終的には親次第でしょう。

どんぐり倶楽部にはそんな子育てのヒントだらけなので

親として楽しく子育てができて助かってます(笑)








大人目線の危険性
7月に入ってから全国的に連日猛暑が続き

各地で熱中症による被害が相次いでいますが

特に小さい子やお年寄りが心配されます。

そんな中,先日愛知県で小学1年生が亡くなりました。

校外授業の後におこった、非常に残念な悲しい事件ですが、

もしこの学校にエアコンが設置されていたら…

と悔やまれます。

しかしなぜ学校にはエアコンがないのでしょうか?

おそらく自治体に問い合わせれば、

「予算の関係で…」という答えが返ってくるでしょう。

結局お金の都合なんでしょうが、

そんなもんは何かを削れば何とでもなるんじゃないですかね?

オスプレイ1機分のお金を各自治体にまわしてあげれば、

どれほどの子供たちが快適に授業を受けられることか…

とみんな思っていますよね?

命には代えられませんよね?


しかし中にはエアコン設置に反対の方もいるようです。

「ただでさえ子供の体力が落ちているのに、エアコンの環境では更に体が弱くなる」とか

「我々大人たちが子供ころはそんなもの必要なかった」とか

「外で遊ばなくなる」、「忍耐力がつかない」などなど…

でもこれって全て、エアコンが効いた所で毎日仕事している

大人目線の考えでしかないですよね。


まず子供の体力が昔に比べて弱くなっているのは事実かもしれませんが

そもそも子供たちの外で遊ぶ機会が減って、

体力が落ちるような環境を作ったのは大人たちでしょ?

放課後や休日まで習い事漬け

ゲーム機を買い与え、テレビやYouTubeを自由に見せて

危ないことはできるだけ排除して(公園ですら自由に遊べない)

家や学校の周りには、体を自由に動かして遊べるような原っぱや自然がほとんどない

こんな環境を子供たちに与えておいて体力がない?体が弱い?

我々大人が子供のころの30年以上前と現代とでは

子供を取り巻く環境は全く違うということに気づいてほしいのです。

それは地球温暖化による気温上昇だってあります。

今の日本の平均気温は、50年前と比べて平均3度上がっているという調査結果も出ています。

また子供は、ただでさえ大人と比べて筋肉量が少なく、体温調整機能が弱いのです。

さらに自分の体調管理を自分の判断で正しく行うことは、経験値として難しい。

そこまで考えた上でエアコンの設置は急務ではないでしょうか。

同時に上記のような子供たちを取り巻く環境の改善を

子供たちの目線で早急に取り組む必要があると思います。

子供たちは体力だけでなく、頭も、心も

信じられないくらい弱く未発達の子がどんどん増えていますから。

くれぐれも大人目線で子供を見ないように。

子供は小さい大人ではありませんから。