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内山 武俊

Author:内山 武俊
シンク長野青木島校代表の内山です。
子供たちが「考える力」を身に着け、自分に正直に優しくたくましく生きていってほしいという想いから「ぶんぶ学院」を「シンク青木島校」へとグレードアップ&リニューアルしました!

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しんきんぐブログ
みんなが笑顔で仲良く自分に正直になれたらいいなっていうブログ
根拠のない自信をつける

数学に苦手意識を持っている子は


小学校の高学年であれば半分以上


中学生であれば7割くらいいるでしょうね。


苦手意識を別の言葉で表すと、「自信がない」ということになります。


ではなぜ自信がないのか。逆に自信があるとはどういうことか?


じつは「自信がある」という言葉の中には2つの「自信」があります。

 


1つ目は「本人が納得するまで何度も何度も練習して、


その結果できるようになったことによって生まれる自信」です。


このやり方は近年の小学校での学習方法の主流になっていますが、


本来12歳までは最小限にしなければいけない危険な学習スタイルです。


理論や深い理解を伴わなくても、


繰り返し行うことで出来るようになった結果生まれる


「ガラスの自信」だからです。


スポーツでも繰り返しの練習でこのような自信を持つことがあります。

 


2つ目はいわゆる「根拠のない自信」です。


目にしたことや感じたことがあるかもしれませんが、


「経験や実績がほとんどないのに、できる気がする、たぶんやれる自信がある」というものです。


でもこの自信には十分な根拠があります。


それは「実体験」です。


つまり目の前の問題に直接関係ないようなことでも、


様々な具象体験や実体験をしている子は、


それによって脳内に複雑な思考回路を作り上げているので、


それらを駆使すれば答えを導き出せることを知っているし、


そうやって創意工夫して答えを出すことを楽しみます。


こういう子がいわゆる「根拠のない自信」を持ち合わせているのです。

 


この2つの自信では、やはり有利なのは2つ目の自信です。


1つ目の自信と比べると圧倒的に応用が効き、


イレギュラーな事象でも対応できるからです。


しかし残念ながら2つ目の自信の根拠を作ることができるのは12歳までです。

 

中学生になってから、あるいは小学校高学年から数学が苦手だと思い始めた子は


1つ目の自信を得るための努力を積み重ねることによって、


数学の苦手意識を克服するしかないと思います。


つまり本人が納得するまで何度も何度も類題を解いて、


その結果できるようになったことによって少しずつ苦手意識を減らしていくしかないでしょう。


そこには多くの時間と労力を費やしますが、


それは本人が諦めずに主体的に頑張るしかないので、


親がどうこう言ってやらせたところでいい結果は得られないでしょう。


何とかしてあげたいという気持ちが親にはあると思いますが、


余計なことは言わずに黙って見守ってあげることが大事だと思います。


我が子を信じて。

 

ただ小学生以下(特に9歳以下)のお子さんの場合は


根拠のない自信を持つことに注力したほうがいいでしょう。


いわゆる「後伸びする子」「大器晩成」になるからです。


具体的な方法についてはどんぐり倶楽部が全て公表していますので


ぜひ親自身が根気よく探して勉強してください♪







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考えるは楽しい
教室でじっくり一つの文章問題に取り組んでいる子を眺めるのは

本当に楽しいですよ。

ヘンな趣味ってわけじゃないですけど…

だって、子供たちは

時には真剣な眼差しで

時には目をキラキラさせ

時には唸ったり

時には雄叫びを上げたり

時には鼻歌を歌ったり

本当にいろんな感情を表現し、味わいながら

大人でも考え込むような複雑な文章問題を楽しんでいるんですから。


中には終始静か~に解いて、

おすまし顔で私に見せにくる子もいますが、

そんな子でも、学校の計算ドリルをやっている時とは違い、

明らかに楽しんでいるのが、解いた内容を見れば誰でも分かります。


たまにテンション上がりすぎちゃって、

大きな声で騒いで、私に注意されたりする子もいます。

そしてそれが何度も続くと、

「他の子に迷惑になっているのがわからないなら、この教室やめてもらうよ!」

と私も少しきつめに叱るのですが、

「やだ、やめたくない!」と涙目で訴えるので、

「こんにゃろー!」とコチョコチョ地獄をお見舞いして

結局許しちゃいます。

だってそういう子が一番考えることを楽しんでいるから

その機会を奪ってしまったら

学校のつまらない苦しい勉強だけになってしまうしね。


なかには昔やらせていた習い事は

行くのを嫌がってばかりいたのに

この教室は全く嫌がらないんです!

って驚いている保護者もいますが、

当然というか自然な事なんです。

本来子供は ”考えることを楽しめる動物” なのですから

それを正しい理論と手法で取組めれば

自然と自ら考え、またそれを楽しめようになります。

結果として受験やテストも含めて人生を楽しめるようになるでしょう。

でもね、小学校のやり方一辺倒では、なかなかそうはなりませんから。

気を付けましょう♪





笑顔を絶え間なく
さあ2019年がスタートしました!

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。

本年もシンクをよろしくお願いいたします。


さて、今年一年も楽しく笑って過ごしたいものですが、

この「笑う」ということ。

もっと言うと「笑顔」の重要性

皆さんはどれくらい意識していますか?

私は人間が人間らしく幸せに生きるための第一条件だと思っています。

たまに親子で全く笑わない家庭を見ますが、

戦時中でもないのに、笑顔のない人生を送るくらいなら

私は人間として生きずに、他の動物として本能のままに生きたいとさえ思います。

言い過ぎでしょうか…?

でも私は「笑顔」こそ

いろんな苦悩も体験しなければいけない

人間に与えられた特権だと思います。

だって、そこから笑顔を取ったら「苦悩」しかないじゃないですか!

なのに、そんな大切な子供の笑顔を潰してしまう大人たちのなんと多いことか…

躾と称し、大人都合のルールを押し付け

与えるべきでない環境を与えてはいけない時期に与え

遊びよりも机上の勉強を優先し

いうことを聞かなければ怒鳴り散らす

いったいその子はいつ笑えばいいのですか?

穏やかで無邪気な子供らしい笑い声と笑顔をさせてもらえず

くだらないネット動画を見続けて

「殺せ!」「死ね!」と叫びながら

ゲラゲラ下品な笑いをしていれば、それが子供らしい笑顔ですか?

子供が将来、楽しく笑って幸せな人生を送ってほしいと思うなら、

子供の心と笑顔を潰すような家庭環境は改善して欲しいんです。

ただでさえ学校では心と笑顔を潰す手法を取っているところが多いですから。


偏差値70でもほとんど笑わない人生と

偏差値40でも毎日笑っている人生だったら

おそらくみんな後者を選ぶでしょ?

大丈夫。

たとえ偏差値40でも

自ら考える頭、創意工夫ができる頭に育てば

人生は楽しめますから♪



今年もサンタがやってきてしまった
クリスマスが終わり、子供たちはこの数日間

サンタさんからのプレゼントを楽しんでいるようです。

が、今日あたりから明らかにおかしくなってる子がいますね。

「サンタさんに何もらった?」と聞いてみると、

2割くらいの子は、やっぱりゲーム、またはゲームソフト…


もともとゲームがやめられない子(時間制限を設けている子も含む)は

やっぱりいつも以上に絵が描けない、答えも当然出ない。

これはこれで問題ですが、

さらに問題はこれまでゲームを持っていなかった低学年の子が

今回初めてゲームをもらって、のめり込んでしまった子。

わずか数回のゲームをやってしまっただけでも、

文章問題を解くどころではありません。

1時間弱、ずっどしゃべりながら

ソワソワ、キョロキョロ

あっち行ったり、こっち行ったり、

周りの子からも

「○○くん、落ち着きないね~!」

「○○くん、うるさいよ~!!」

と言われてしまう始末。

いつまでたっても絵すら描けません。

別にこの子が悪いわけではないので、この子を責めたりはしませんが、

正直心の中で私はつぶやきます。

「サンタさん何てことをしてくれたんだよ…台無しですわ…」


あれだけゲームの危険性を説明したのに与えてしまうということは

それなりの覚悟の上でしょうか、

それとも認識が甘々なだけっだのでしょうか…

いずれにしても大きなビハインドを取ってしまいました。

もしかしたらこの子は

これから健全な心と頭と体を

少しずつそぎ落としていくことになるかも知れません。

せめて親子間では

不要なストレス生み出さないことだけを祈るばかりです。

明日から冬休みなのですが、

お正月明けの子供たちの姿が本当に心配な子のが

何人か増えてしまいました。


クリスマスとか、ハロウィンとか

本来日本人が祝うはずのない風習を

今の親たちはどういう風にとらえて

どういう風に考えているのでしょう。

私には、単に子供をダメにするデメリットばかり見えてしまいます。

サンタ

サタン

似てるな~





感じるということ
11月も中旬になると、

特に朝夕には冬の足音が聞こえてくるようになりました。

IMG_1658.jpg 

天気の良い日は自転車で通勤している私が、

千曲川の橋の上でゼェゼェ言いながらも

手袋をしてこなかったことを後悔していると

視界に入ってきた北アルプスの雪化粧に

思わず自転車を止めて写真を撮ったのがコレです。

普段あまり写真を撮らない私でも、感じたものには素直に反応します。

私はこういう瞬間に、「生きるとは感じること」という言葉を思い出します。

と同時に、同じ長野市の朝の風景を

同じ道を通勤で行きかうドライバーの人たちは同じように感じているのかな?

と思ったりもします。

朝の忙しい時間帯で目的地だけを目指してスピードを出したり

渋滞でイライラしていたら、

こういう景色は視界にすら入ってこないかも…昔の自分がそうだったように。


もっと昔の高校生だったころ

ある友人から「きれいな物や自然を感じられなくなったら、その人の心は死んだも同然だよ」

と言われたことがあります。

大人になってから、ことあるごとにこの言葉を思い出し、

ある種の原点回帰の、心の指針として

自分の位置修正をしてきました。

そして我が子を含めた子供たちを見ているときにも

私はいつもこの感じるというとを大切にしています。

だって、何かを感じた後に、それについて考えるでしょ?

何かを考えた後に、それに対してもリアクション(行動)をとるでしょ?

何かを行動したことで、自分の望む結果が得られるかもでしょ?

自分の望む結果が得られたら幸せでしょ?

そして何よりも、何かを感じられるから人生が楽しいんでしょ?


どんぐり理論を学んだ大人たちはみんな知っているはずです。

人生において「感じる」ことがまず何よりも尊く、大切であると。

だから子供たちの「心」を潰さないことに最新の注意が必要なんです。

その「感じる心」を潰すものが

たとえ勉強だとしても、それは排除するか

もしくは回避できる別の方法を取らなければいけないのです。

特に「心」を潰すものが善意でなされていたり

普通や常識として行われているものには注意が必要です。

子供がどんなに嫌がっていても、良かれと思って無理やりさせる大人が多いから。

例えば、知育教育

大量パターン学習

スピード学習

お粗末な宿題

主体的に楽しめない無駄な習い事

勝利至上主義で休みがほぼ練習や試合のスポ少など

これら「感じて味わう」余地のないことをやらせている家庭は、

お子さんの表情や言動に注意が必要ですよ。

気が付いたら何も感じられない

何も考えられない

何も自分から動こうとしない

子供が育ってしまうかもしれませんから。