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内山 武俊

Author:内山 武俊
シンク長野青木島校代表の内山です。
子供たちが「考える力」を身に着け、自分に正直に優しくたくましく生きていってほしいという想いから「ぶんぶ学院」を「シンク青木島校」へとグレードアップ&リニューアルしました!

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しんきんぐブログ
みんなが笑顔で仲良く自分に正直になれたらいいなっていうブログ
ホントの賢い子を育てたいなら
私は自分の子供に「賢く」なってほしいと思っています。

でも学校の勉強ができて、

テストで満点取って

いい高校に入って

いい大学に入って

立派な学歴を付けてほしいなど

微塵にも思ったことはありません。

なので、いきなり「どちらの大学を出てらっしゃるの~?」

と聞いてきたり

我が子を高学歴にしようと必死になっている親を見ると、

できれば関わりたくないな~と思います。

たぶんそういう方とは「幸せ」の価値観が全く違うので、

話がたぶん通じないだろうな~と考えてしまうのですが、

先日久しぶりに、そういう親子に会いました。

親だけだったら何てことなかったのでしょうけど、

子どもの状態を見た時に

「あぁ…この子大変なことになってる…助けてあげたいけど…」

と、何とも悲しい気持ちになりました。


まだ7歳のその男の子は

すでに多くの習い事や先取り学習をしているらしいのですが、

とても外で遊んでるとは思えないほど、色白で体は細く、

分厚い眼鏡をかけたその目は、

話をする私の目と一切合わずに、ずっと遠くの1点を見ています。

私から話しかけても、反応して返答してくるのは5回に1回ほど。

そしてその声は何を言っているのかわからないほどか細く小さい。


あまりじっくり話す時間もなかったので、

さらっと、こういう学習もありますよ~

ということでどんぐり式を紹介しましたが、

あまり関心がない様子で、

きっと学校の勉強がよくできる子を育てようと必死なのだな…

というのが感じ取れました。

我が子が健全に成長するという事は二の次なのでしょうか。


この親子の件は極例に感じるかもしれませんが

大なり小なり同じ様な状態の子は時々見ます。

そしてそういった子の親と話すと、

学歴や学校教育の魔力に取りつかれ、

目先の点数を欲しがるので

どうしても成長段階の子供に与えてはいけない刺激を

沢山与えてしまっています。

知育教育

フラッシュカード

パターン・スピード学習

実態を伴わない知識偏重型の学習

これらは子どもの健全な頭の成長を考えたとき

ほとんどが害になるものばかりです。

本当の「賢さ」を求めた時に

小学生までの学習で重要なことは

「できること」でもなければ「量やスピード」でもありません。

「深くわかる(理解する)こと」が最重要であり

取り組むものは「量より質」が大切です。


そしてなにより日々の子供の表情を観察して

笑顔がなければ、何か「大きな問題」があることに気づいてほしいのです。

心の成長と頭の成長

どちらも同じくらい大切ですから。









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子供たちの思考と成長を邪魔するもの
しょうざんに入会して3か月ほどの小2の男の子

お絵かき問題を解いて、私の所にもって来るたびに

「どうせ間違っていると思うけど…」

「よくわからないけどできたから…」

などと、必ず一言添えながら解いた問題を持ってきます。

結果としては8割ほどの正答率で、始めて間もない割には悪くありません。

細かい内容としてはまだまだ修正の余地があるのですが

いつも自己否定的な言動が気になる子です。

別の最近流行りの言い方をすれば

自己肯定感の低い子ということになります。


「丁寧にできていれば、間違ったって別にいいんだよ。

失敗はお宝なんだから、次に挑戦した時にきっと正解するよ」

と言い続けても、なかなか自己否定をやめようとしません。

おそらく日々の生活の中で、ちゃんとできることを強要され、

出来なければ否定的な言動を周りから言われ続けてきたのでしょう。



近年の統計調査でも、

先進国の中で日本の若者は、特にこの自己肯定感が低いことがわかっています。

自己肯定感が低いと、

自分の人生がつまらなくなります。

生きるのがつらくなります。

自分は幸せだと感じられなくなります。

だから今うつ病の方が増えているんです。すごい勢いで。


せっかく自分が感じたこと、思ったこと、話したこと、行動したことを

たとえ親とはいえ、自分以外の人間に否定され続けていたら

どんな人でも自分の存在理由や価値さえも、ポジティブに考えられなくなるでしょ。

そんな環境で幼少時代を過ごしてしまったら

この先の長い人生をずっと下を向いて歩く体質になってしまいます。

だから子供に対して、大人の「常識」とか「普通」という概念や

学校教育という閉鎖的な価値観だけで評価するのは、本当に危険です。

テストで100点取らせることが、その子の長い人生でどれほどの価値があるのですか?

言われた通りのことができて、何でも素直に聞き入れる子が、

将来自分の価値判断で考えて行動できて、幸せになれると思いますか?

失敗を許さず完ぺきにできることを強要し続けて、

失敗を恐れて、探求心や挑戦することを捨て去り、

失敗から何も学べない大人にしてしまっていいのですか?


周りの大人が子供の目の前に、勝手に高いハードルを置くのは止めましょう。

子供の顔から笑顔が消え去り、

自分で考えたり工夫する楽しさを根こそぎ奪っていますよ。






9歳までの学習で注意すべきこと
小1の次女は学校で算数の1桁の引き算の勉強をしています。

最初は描かれたイラストを見ながら「のこりは~」を学習して

その後で計算問題をやらされてます。

具体的にはこんな感じ。

キャプチャ 
1. こびとが (     ) にん います。(     ) にん かえりました。 のこりは なんにんに なりましたか。


描いてあるイラストをながめて、( )内に数字を入れて

引き算の「のこりは」とは何かを理解します。

この様な問題を様々なイラストを見ながら2~3個やったら、

今度は別のイラストを見て、( )内の数字だけではなく

文章問題そのものを最初から最後まで作ります。

といってもほとんどの文章が、1.の文の主語と単位を変えて書くだけの

パターン学習です。


そしてその後はお決まりの数式だけの計算問題です。
キャプチャ2 

まあ、絵図を利用した文章問題を先にやってから

計算問題をやるあたりは、「引き算の本質を理解してから…」

という先生の意図が見えて、多少親切かなと思います。

が、残念ながら引き算の原理は理解できますが、自分のものにはなりません。

しばらくすると忘れてしまいます。

決定的なものが足りないのです。

それはオリジナルの絵図を使ったイメージ化です。

この先、問題文(文章問題)を読み解いていくにあたって最も大切なのは

その言葉や文字からイメージ化をする(深い理解をする)ということ。

そのためには、

すでに書かれた絵図から問題文を書き起こしたり立式することではなくて、

『文章(問題)から自分の頭で内容をイメージ化し、それをイラストとして描きだすこと』

という練習が最優先であり最重要項目なのです。

そして答えを探すときは、自分で描いた絵図を使って答えを出す。

それが楽しく正確丁寧にできない限り、

どんなにイラストから文章が書けても

どんなに計算問題がたくさん速くできても

最終的な思考力育成にはつながらないのです。

なぜなら思考力育成とは

オリジナルの思考回路作成に他ならないからです。

他人が描いたイラストでは無意味なのです。

仮に同じような絵でも、他人が描いたものと自分で書いたものでは

全く似て非なるものなのです。

そしてこの文章からのオリジナルの絵図化が丁寧にできていれば、

計算問題などは確認の意味で

ゆっくり丁寧に1~2問やれば十分です。

たぶんほとんどの子が学校の授業でたくさんの計算問題をやってくるので

さらに家や塾で同じような計算問題をすることなど「百害あって一利なし」です。

だから〇文式などのプリント学習の教室はキケンなのです。

深いところでの理解と、オリジナルの思考回路作成を全くしないので。

そこで行われているのはただの「反復パターン学習」です。

つまり脳内で行われているのは「反射」です。

なぜそういったものが「百害あって一利なし」なのかは、またいずれ書きます。

もう書いたかな?


いずれにしても9歳までの学習で最も注意すべきことは

「深い理解をともなった、文字や言葉からのイメージ化」です。

ココをおざなりにして、本当の賢さは得られませんし、

勉強嫌いになる子もいれば、感情(心)を潰されてしまう子もいます。

だから私は自分の子供に「反復パターン系」の宿題はほとんどやらせていません。

これから出る、夏休みの宿題も同様です。

もちろん学校の先生の了承は得ているので安心です♪






知ってほしい
今年度に入ってゴールデンウイークが明けたくらいから

小4の二人の男の子の様子がおかしいことに気が付きました。

お絵かき問題が解けなくなり、

「分からない」を口にすることが増えました。

それぞれ全く性格の違う二人で小学校も別々です。

共通するのはどちらも4年生ということ。


一人はどんぐり歴2年ちょっとで、普段からやんちゃで元気な子。

それでも丁寧で楽しい絵を描く子なのですが

「考える」段階になると、描いた絵を使わずに計算のみで答えを出すことが増えました。

当然それでは無理が生じ、「分からない~」をつぶやくことも…

コリャいかんと思って本人や親にいろいろ聞いてみると、

どうやら4年生になってから、急にクラスで

「み〇りっこ計算」という音声計算をやりだしたというのです。

しかも学校だけでなく、家で宿題でもやらされているという始末。

実際に使っている教材がこちら
足し算 
引き算 掛け算割り算
4年生なのに、足し算から割り算まで

全てパターン丸暗記でスピードを重視した最悪の学習法です。

答え 
こちらはペアになってやるときに、チェックする子が見ている答えです。

チェック表
こういうチェック表で進度や秒数を明確化して

やる気を煽ります。 


次にもう一人の子のお話ですが

こちらはどんぐり歴1年半ほどの大人しい男の子

最初は絵を描くことがなかなかできずに苦労しましたが

半年以上かかってようやく文章通りの絵図が描けるようになり、

答えも少しずつ正解にたどり着くようになり、これから更に楽しみな子だったのに

やはり5月くらいから楽しく絵が描けなくなり、

答えにたどり着くどころか、文章問題そのものが嫌そうだったので

親に聞いてみたところ。

こちらは花〇学習会の教材を学校と家でやらされていたということが分かりました。

その教材がコチラ。
CCF20170601-001.jpg 
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CCF20170601_0002.jpg 
CCF20170601_0001.jpg 
どこでもやってるような計算ドリルを

「気合いと根性」でひたすら大量に速く解かせる

お決まりのスピード・パターン学習です。

もうため息しか出ません…

この子の親が担任の先生に

こういった計算ドリルをやらせたくないと申し出たところ

この教師は「勝手にしろ!」と捨て台詞を吐いときながら

学校で最後まで終わらせるように強制しているということでした。

上の写真の4枚目はこの子が実際にやらされたものですが

途中で止めてしまっている子に対して

「さいごまでやりきろう」と一言。

どうしてこの子が途中で投げ出したのか?

その理由を全く考えない、結果オンリーの教師だということが見て取れます。


小3まで計算問題を重点的に勉強してきた子は

脳の神経回路作成の最終段階に入り始める小4で

こういった実態を伴わない、記号に反射的に対応する

スピード・パターン学習で単純思考回路を更に強化し、

とどめの一撃を与えられているわけです。

おそらくこういったクラスの多くの子は

この先、5年生、6年生と進むほどに

義務教育レベルの簡単な文章問題ですら「わからない」と言うでしょう。

これらの教師に悪意があるわけではないでしょうが、

子供たちの反応や表情に何も感じず

《早く正確に》計算ができれば応用(文章)問題ができると思い込んで

子どもたちを勘違い教育の犠牲者にしてしまっているわけです。

そしてこれは今この瞬間も全国の小学校で行われています。

コレこそが【教育犯罪】と言わずして何と言えばよいのでしょうか。

何もわからずに苦行に耐えている子どもたちが可哀そうすぎます。


この度長野県内でも糸山先生の講演会が開かれますが

ぜひこの機会にご参加いただいて

子供たちが日々与えられてる学習(脳に与える刺激)が

本当の賢い頭を育てる意味で

本当に正しいものなのか?

リスクはないのか?

健全な成長に反していないか?

ストレスを溜めずに心穏やかでいられるのか?

という点でも比べて考えていただきたいと思います。

そして「どんぐり理論」という

同じ人間力を高める子育て・学習理論でも

やろうとしていることは全く真逆であるということを

親も先生も知ってほしいと思います。

実践するかしないかは皆さん次第ですが

子どもたちを教育犯罪の被害者にするかしないかは

大人たち次第です。







感じ、味わい、楽しむこと
先日、恒例のしょうざん山歩きをしてきました。

1か月前に下見で登った「飯綱山」ですが、

今回は山頂にあった雪はすっかりなくなり

天気が良く気温も涼しめで、絶好のコンディションでした♪

去年に比べると大幅に標高が上がり(1,917m)、

道中も岩場が多く、傾斜もキツイ本格的な登山なのですが

多くの子供とその保護者が参加してくれました。


初心者向けの山とは言え、大人でもかなりキツイ道中となりましたが

それぞれのペースで全員登頂できました!

とは言え、しょうざんの山歩きは登頂が1番の目的ではありません。

1番の目的は

感じて

味わい

楽しむこと

です。

これを出発前に全員に伝え、準備運動をしてから登り始めました。


途中だんだん道の傾斜がキツくなってくると

特にやんちゃな男の子たちは

「疲れた~、喉乾いた~、休憩する~」

を連呼するのですが、

それでも途中めずらしい草花があればじっとのぞき込んだり

鳥の声が聞こえれば、その鳥の解説をしながら鳴きまねをしたり

雲が近いところをかなりの速さで動いているのに驚いたり

ひらけた見晴らしのいい場所まで登ると

「わ~すげ~!」、「きれいな緑だね~!」、「うわ~高い~!」

などなど、一斉に感じたことを口にするのでした。

これは日常では体験できない、

ここでしか味わえないことです。

こんな感じでゆっくり楽しみながら山を歩いたので

予定よりも1時間近くオーバーしてしまいましたが

何物にも代えがたいことですので、そこはご愛敬♪

学校の登山ではそうはいかないかな…


ところで、登り始める前に伝えた

「感じ、味わい、楽しむ」ことは

じつは保護者の方へのメッセージで

子どもたちにはそんなこといちいち伝えなくても

本能的にその能力を持っています。

しかし現代の多くの子供たちは

「できる」ことを目標とした細かい指示を出されたり

じっくり考えるための「間」を与えてもらえず急かされたり

一見無駄と思えるものは、極力合理的に排除されたりするので

学ぶことの源泉ともいえる「感じ、味わい、楽しむ」という経験を

日常ではじっくりさせてもらえず、

ただ感情やイメージを伴わない「結果」だけで

親や先生から評価されています。

低学力化・勉強嫌いの一番大きな原因はコレでしょう。


だからどんぐり倶楽部はまず

「感じ、味わい、楽しむ」ちから、

つまり「感味力」の育成を重要視します。

感味力を伴わない学びには、その先がないのです。

そんな子は、応用や発展はおろか、

ただ目の前の問題を解くことができるという

上辺だけの学力を付けているだけなので

勉強が苦痛になり、やがて嫌いになります。

必然的なことです。

だから今回の登山でも保護者に向けて言ったつもりです。

「感じ、味わい、楽しむ」ことを大切にしてくださいと。

結果的に感味力が育った子は人生を楽しむことができます。


来年はどの山を歩きましょうかね…